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仙台高等裁判所 昭和31年(ネ)562号 判決

控訴人 大庭和男

被控訴人 遠藤作重

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の土地につき福島県知事に売買による所有権移転の許可申請手続をせよ。

前項の許可あつたときは、被控訴人は控訴人に対し金三二四、四四〇円の支払と引換えに右土地につき所有権移転登記手続をなし且つこれを引き渡せ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の土地につき福島県知事に売買に因る所有権移転の許可申請手続をなし、その許可のあつたときは所有権移転登記手続をなし且つこれを引き渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、予備的請求として(一)、「被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の土地につき、控訴人より金六四、〇七〇円の交付を受けると同時に福島県知事に買戻契約による所有権移転の許可申請手続をなし、その許可のあつたときは所有権移転登記手続をなし且つこれを引渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求める仮に右請求が理由ないときは、(二)、「被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の土地につき、控訴人から金三二四、四四〇円の交付を受けると同時に福島県知事に買戻契約による所有権移転の許可申請手続をなし、その許可のあつたときは所有権移転登記手続をなし且つこれを引き渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求めると述べ、被控訴代理人は控訴棄却の判決並びに予備的請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において「(一)、控訴人の本訴請求は、本件土地につき控訴人と被控訴人との間に成立した昭和一〇年旧一一月二九日付契約(甲第一号証契約証)を基礎とするものである。(二)、仮りに右契約どおり代金五二〇円を以て本件土地の再売買代金額とすることが、被控訴人主張の如く事情変更の原則ないしは衝平の原則に照し相当でないとするならば、控訴人は本件土地の固定資産税の評価額金六四、〇七〇円を以て再売買を維持することを求める。仮りに右代金額も相当でないとするならば、本件土地の時価金三二四、四四〇円を以て再売買代金額として再売買を維持することを求めるものである。」と述べ、被控訴代理人において「(一)、控訴人主張の昭和一〇年旧一一月二九日付契約は買戻契約であつて、双方の合意により本件土地の売買契約のときに遡つて買戻の特約を付したものである。(二)、被控訴人が原審でした「消滅時効完成」の主張は、十ケ年の買戻期間の経過によつて買戻権の消滅したことを主張する趣旨である。(三)、本件土地の時価が金六四、〇七〇円であることは否認する。」と述べたほかは、すべて原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

当事者双方の証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人において当審における調査嘱託に基ずく猪苗代町役場の調査回答の結果を援用し、双方の代理人において当審鑑定人小日山政義鑑定の結果を援用したほかは、原判決の証拠摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

成立に争のない甲第一号証、原審証人鈴木喜代二の証言並びに原審における被控訴人本人尋問の結果を綜合すると、控訴人は昭和一〇年一〇月一九日頃被控訴人に対し別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を代金五二〇円で売り渡したことを認め得る。控訴人は、被控訴人より借りうけた金五二〇円の債務を担保する目的で本件土地の所有権を被控訴人に移転した旨主張するけれども、これを認めて前記認定を覆えすに足る証拠はない。そうして本件土地につき昭和一〇年一〇月一九日被控訴人名義に所有権移転登記がなされたことは当事者間に争がない。

次に同年旧一一月二九日控訴人と被控訴人との間に本件土地につき、(イ)、戻年限は昭和二五年まで据置き昭和三一年限りとする、(ロ)、買戻金額は金五二〇円とし、控訴人は買戻後他人に買却せざること、若し他人に売却すると認めたるときは買戻約定を無効とする、(ハ)、控訴人において金七二〇円を支払うときは戻年限内と雖も売り戻すこと、などの条項を内容とする契約が成立したことは当事者間に争がない。そこで右契約の性質につき按ずるに、右契約が前示売買契約と同時にではなく、その後においてなされた事実、前示の各条項の趣旨に、前記甲第一号証、原審証人鈴木喜代二の証言並びに原審における被控訴人本人尋問の結果を綜合して考えると、前示の契約は控訴人を予約権利者とする再売買の予約であると認めることができ、右に反する証拠はない。被控訴人は右契約は買戻契約(解除権留保の契約)であつて、双方の合意により前記売買契約のときに遡つて買戻の特約を付したものであると主張するけれども、右主張事実を認めて前記認定を覆えすに足る証拠はない。そして原審証人鈴本喜代二の証言によれば、控訴人は被控訴人に対し昭和三〇年一二月中右再売買完結の意思表示をなしたことが明らかである。

被控訴人は昭和一〇年当時に比較して物価の大変動を来たした今日、当初に定められた再売買代金額五二〇円を以て本件土地の再売買を成立せしめるが如きことは、事情変更の原則ないしは衝平の原則に照し許されないと抗弁するを以て按ずるに、前示再売買の予約が成立した昭和一〇年旧一一月当時と右予約完結時である昭和三〇年一二月当時との間に何人も予見し得ない程度に経済事情の激変があつたことは公知の事実であり、且つ当審鑑定人小日山政義鑑定の結果によれば、昭和三〇年一二月当時における本件土地の価額は計金三二四、四四〇円であることが認められる。(右認定に反する原審における被控訴人本人尋問の結果は措信し難く、当審における調査嘱託に基ずく猪苗代町役場の調査回答の結果は右認定の妨げとなすに足らない)。もつとも本件においては、前記のとおり当初から一五年ないし二〇年という長期の予約期間が約定せられたのであるから、その間或る程度の価格の変動のあるべきことは当事者においてもこれを予測していたと考えられるけれども、右の如く本件土地の価額が当初の再売買代金額の六二〇倍以上にも騰貴するとは、けだし当事者もこれを予見せず、又予見し得なかつたであろうことは容易に窺知し得られるところであり且つ右の如き急激なる価格の騰貴は全く当事者の責に帰すべからざる事由による事情の変更であると認めることができる。したがつて、右の如き事情の変更のある本件において、当初に約定せられた前示代金額五二〇円を以て前記再売買の予約をその当初の約定どおりの効果を発生せしめて被控訴人を拘束することは、信義衝平上著しく不当であるから、この場合いわゆる事情変更の原則を適用するのが相当であると認める。

ところで、前記に認定した諸般の事情に照すと、右再売買そのものを解消せしめること(事情変更による再売買の予約の当然失効ないしは被控訴人に解除権を認めること)は反つて適当ではなく、むしろ右再売買の代金額を予約完結時における本件土地の価額である金三二四、四四〇円に修正して右再売買に基ずく法律関係を存続せしめることが信義衝平上相当であると認められる。したがつて前記事情変更の結果、被控訴人は右の程度に本件再売買の代金額を修正することを求め得る権利を有するものというべく、控訴人においても右修正の代金額にても本件再売買の効果を維持する意思であることは、その予備的請求に照し明らかであるから、被控訴人の右抗弁は右の限度において理由があるものとする

されば本件土地についての前示再売買は被控訴人の右抗弁によりその代金額が金三二四、四四〇円に修正されて依然有効に存続しているものというべきところ、本件土地がいずれも農地であることは原審における被控訴人本人尋問の結果並びに当審鑑定人小日山政義鑑定の結果により明らかであるから、右再売買の効力として被控訴人は控訴人に対し本件土地につき福島県知事に右再売買に因る所有権移転の許可申請手続をなすべき義務があるのみならず、右の許可あつたときは本件土地につき所有権移転登記手続をなし且つこれを引き渡すべき義務あること明白である。ところで、被控訴人の前記抗弁には右所有権移転登記手続並びに引渡義務につき前記認定の代金額を以てすると同時履行の抗弁の主張も包含されているものと認めるから、控訴人の本件第一次請求は主文第二項掲記の趣旨並びに限度においてこれを認容すべく、その余の請求は失当として棄却すべきものとす。したがつて、右と結論を異にし、控訴人の第一次請求を全部棄却した原判決は失当であつて、変更を免れない。

よつて民事訴訟法第三八六条、第三八四条、第九六条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 板垣市太郎 上野正秋 兼築義春)

物件目録

耶麻郡猪苗代町大字磐根字南神道弐千八百九拾七番

一、畑 四畝拾五歩

字同所弐千八百九拾五番

一、原野 参畝八歩

字同所弐千九百番

一、原野 九歩

字同所弐千九百弐番

一、田 壱反弐拾六歩

字同所弐千九百壱番

一、田 六畝弐拾六歩

字同所弐千九百参番

一、田 壱反拾四歩

字葉ノ木谷地参千八百四拾番ノ壱

一、田 参畝拾五歩

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